2025/04/15
2003年 脳卒中発症

2003年11月に行われたアジア選手権で中国・台湾・韓国に勝利して優勝し、オリンピック出場が決定したが、2004年3月4日、脳梗塞で倒れ、入院。一命は取り留めたものの、右半身に麻痺が残り、言語能力にも影響が出た。長嶋や周囲はアテネオリンピックでの復帰を考えていたが、短期間での病状回復は不可能と判断され、一茂が「(アテネには)行かせられない」と記者会見を行った ため、肩書きはそのままだったが長嶋が現地アテネで指揮を執ることはできなかった。長嶋の代理としてヘッド兼打撃コーチの中畑清がチームの指揮を執ったが、結果は3位に終わった。

2005年7月3日、長嶋は東京ドームの巨人対広島戦を観戦し、病気で倒れてから約1年4か月ぶりに公の場に姿を現した。