1994年以降、巨人は豊富な資金力を背景に、FAなどで他チームの4番打者などを獲得し補強を図ってきたが、なかなか毎年優勝するということはなかった。
-—《エピソード》---
1998年には巨人投手のガルベスが球審の判定の不服から、球審めがけて投球するという暴挙を行った。長嶋は監督としての責任から、球団社長の渡邉恒雄に辞表を提出したが慰留され、カード終了の次の日に頭を丸めた。
この年、FAで獲得した江藤智に背番号「33」を譲り、長嶋は現役時代の背番号「3」に変更。長嶋の背番号3を見たさにファンやマスコミが多摩川グラウンドに押し寄せて、大賑わいとなった。
この年は4年ぶりのリーグ優勝を果たした。日本シリーズの相手は王貞治監督が率いる前年日本一のダイエーで、ON対決として注目を集めた。シリーズは第1・2戦を落とすという苦しい展開だったがその後4連勝して日本一を達成した。

